理想的な国際都市の誕生 2

仮に外国人が千葉県の幕張ニュータウンに住んでいて、勤め先が東京の13号地にあって、友達が横浜市のMM21にいるとなると・・・


その外国人は幕張から自家用車で13号地に通勤し、勤務時間中に大阪に用事ができたとすれば、13号地から簡単に羽田に行って飛行機で大阪に行くことができます。


帰りは大阪から羽田に戻ってきて、友達とMM21で会って、幕張に帰る・・・。


浦安の住宅地に住むハミルトン カーキなどブランド時計がよく似合う商社マンが成田に外人の客を出迎えにゆき、幕張メッセの展示場に案内し、ディズニーランドの隣のホテルに宿泊させます。


13号地のオフィスで仕事をしたあと、アフターファイブに横浜の中華街で、日本鋼管の工場跡地にできた住宅団地に住む同僚と家族同士の夕食をとる・・・。


このように、湾岸沿いに立地している幕張と13号地とMM21と成田空港と羽田空港を結びつけたいろいろの生活体系と通勤体系が想像されます。


幕張に住宅地があれば、成田に行くのも簡単です。


実際に日本IBMが箱崎に主要なオフィス機能を移しましたが、箱崎が成田からの航空利用客が東京にたどりつく際の正面玄関であるということもその重要な理由であるかもしれません。


そういう点では、東京湾の埋立地は国際的な動きと国内的な動きとを一番早く把握できる利点があり、またそれに対応できる商業機能や住宅地が立地できる魅力をもっています。

理想的な国際都市の誕生

外資系の証券会社や商社に勤める欧米の人々に、あなたはいい住宅地があれば東武伊勢崎線に住みますかと聞くと、ほとんどの場合、頭を横にふるでしょう。


そのように内陸部では歴史的な背景によって土地柄が固定されてしまいます。


しかし埋立地では見方がちがってきます。


このちがいが重要なのです。


そういう点で埋立地は、いろいろの問題を抱えている東京の都市構造を組み替えていく際に、非常に重要な場所になってきます。


東京湾の特殊性といえるかもしれませんが、成田空港と羽田空港を結ぶ道路や鉄道に沿って、今後の都市づくりに重要な役割りを担う埋立地が配置されていることは、注目する必要があります。


成田は国際的な人の流れ、物の流れの中心地であり、羽田は国内的な人の流れ、物の流れの中心地です。


その間に鉄道と立派な道路、そしてどのようにも使える、企業と役所の所有する土地があります。


イメージの新たな創造が可能 3

仮にイメージをひっくり返せたとしても、相当時間がかかって苦労することが多いでしょう。


ところがウォーターフロントは現在人が住んでいない土地です。


そこにも住むところとしての土地柄のイメージは多少あるが、もともと人が住んでいないところですから、土地柄のイメージはこれから新しくつくれます。


そのいい例は浦安です。


浦安市のなかで京葉線に沿って3井不動産が開発した住宅地は、今大企業の部長クラスの人達が喜んで住んでいる良い住宅地になりました。


たいして距離はちがわないのに、そしてより都心に近いところであるにもかかわらず、江戸川区の地下鉄東西線沿いのマンション街に住んでいるということになると、やや浦安よりは庶民的な色合いが濃くなってきます。


江戸川区の場合は、やはり昔からの土地柄のイメージが拭いきれません。


浦安は、埋立地であるが故に、そのような成熟した土地のもつ歴史的、伝統的な宿命を負わないで良い住宅地がつくれます。


千葉県の他の埋立地でも、浦安市の場合と同様に、たとえば今後幕張につくられる住宅地は、もしかすると横浜の磯子の住宅地と同じように、中産階級の上の部分に属する人達に、


「あそこなら住んでみよう」


・・・という気持ちを抱かせる場所になるかもしれません。


実際欧米からきたビジネスマン達と話をしていると、彼らですら、これだけ住宅の家賃が高くなったら、港区で高い家賃を払って小さいマンションに住むよりも、幕張の住宅地に住む方がよほど良いというようになりました。


欧米系の外人が幕張に住み出したら、知識階層の日本人は必ずそこに住みたくなるに違いないでしょう。

イメージの新たな創造が可能 2

そのように鉄道の沿線別に土地柄というのがあります。


しかしそれは今のところ内陸部の問題です。


内陸部の土地柄というのは明治維新以来100年以上にわたる東京都市化の歴史の中で、強固に定着してきたように見えます。


その土地柄を変えるということはなかなか難しいのです。


池袋に日本一背が高い超高層ビルのサンシャインシティができたといっても、また西武デパートの本店があるといっても、池袋がオフィス街になるかというとなかなかなりません。


それよりもオフィスをつくるとしたらやはり渋谷の方が洒落ているし、お客さんも来やすいのです。


もう一つ重要なことがあります。


「あなたの会社はどこにありますか」


・・・と尋ねられて、豊島区にあるというよりは港区や渋谷区にあるという方が企業イメージが良いですね。


このように、内陸部の市街地が備えているそれぞれの土地柄は、皆の心のなかにしみこんでいます。


いくら足立区に高級な民間マンション街をつくったとしても、都営住宅の多い足立区のイメージはなかなかひっくり返せないものなのです。

ラインとスタッフ

人間の協働的行為の体系としての組織における基本的な職位・機能の分化を示し、一般に、部長・課長・係長といった縦の指揮命令系統に属する職位・機能をライン、それらのラインに対して特定の事項に関して有意義な各種の情報を与え、ラインの各レベルにおける長の職務の執行を補助する参事・主幹等の職位・機能をスタッフとよぶ。

こうした理解は、ラインとスタッフの関係に関する伝統的見解に従ったものである。

すなわち、それによれば、階層上の「命令の権利」としての権限はラインにのみ固有のものであって、スタッフにはラインに対する助言・勧告の機能だけが委ねられることになる。

しかし、実際の組織にこの考え方を当てはめると、説明のつかない事象にしばしば遭遇する。

特定事案の決裁過程においてスタッフ職の押印を必要とし、事前の実質的な審議の段階でもスタッフ職からライン系列の職員に対して指示がなされたりするのはなぜか。

部門別にみれば、財政や人事を担当する部門はスタッフ部門であり、公式の権限を持たないことになるが、それらの部門が行使する絶大な権限はどのように説明したらよいのか。

また、わが国の組織において顕著に見られる特質として、ラインとスタッフの分化が曖味で、個々の職員が対外的な執行事務に従事しながら、折にふれ特定問題の調査検討を委ねられ、対策方法等について報告を求められるといったことが一般化しているとされるが、この場合、ラインとスタッフの分離の原則にしたがって、ラインの職位からスタッフ機能を切り離し、ライン機能に純化させることによって合理化すべきなのかOと・つカラインとスタッフの伝統的な概念区別に固執すると、こうした事象あるいは問題に関して一貫した説明や有効な対応ができなくなるおそれが出てこよう。

あらためてラインとはなんであり、スタッフとはなんであるのか、両者の関係を問い直す必要があるのも、そのためにほかならない。
どのように概念化するにせよ、鍵となるのはスタッフ職位・機能のとらえ方である。エグゼクティブトレードによると、通常スタッフとよばれているもののなかには、純然たる助言スタッフだけでなく、ライン各部門に共通した補助的業務に従事するサービス・ススタッフ、予算統制や法令審査あるいは監査業務に当たる統制スタッフ、ラインの長を補佐し、ときにその代理をもつとめるジェネラル・スタッフなど、いくつかのタイプがあり、あるものは公式の権限にもとづき、またあるものは、権限にあらざる専門的権威や非公式のパワーを駆使して、組織の意思決定過程において少なからぬ影響力を行使している。

はじめに記したような単純な用法を越えてライン・スタッフの関係を論ずるには、対象とする問題の次元を限定し、概念用法を整序することが必要である。

イメージの新たな創造が可能

当然のことですが、東京や横浜の港湾地域には高性能の貨物埠頭があります。


この埠頭は容易にレジャー用の旅客船埠頭として転用できます。


東京港の横断橋の内側にある古い貨物埠頭は、東京都によって旅客船やフェリーのターミナルとして転用することが検討されています。


・・・そのように京浜・京葉2つの埋立地域に展開する、鉄道と道路と水路、この3つの交通手段の潜在的な交通処理能力は極めて高いのです。


そういう場所でありますから、そこに性能の高い交通網が近い将来完備されることになれば・・・


東京大都市圏(東京・神奈川・千葉・埼玉の一都3県)に居住する3200万の人達が不便をしている住宅や、遠距離通勤の問題、あるいは将来のレジャー問題を解く受け皿として、千葉市から横浜市に広がるこの埋立地は、非常に魅力のある土地になってきます。


地方から上京してきた若者であっても、すでに東京圏に住んでいる家族であっても、新しくあるいはあらためて居住地を探すときには、住むでしょう居住地の土地柄を気にするでしょう。


東京で若い人達が一番住みたいところはまず田園都市線沿線です。


その次に小田急線沿線、中央線沿線と続き、次第に時計まわりで西武線沿線がそのあとに位置付けられるということが良くいわれています。


あまり住むのに魅力的ではないけれども、土地が安いので住みたいというのは東北線沿線です。

湾岸の鉄道 2

現在の埼京線を、新宿から渋谷を通り大崎まで延ばし、さらに大井町の電車基地を通って地下に入り、大井町で東海道線と直交します。


そこから再び東に直進し、臨海旅客線と連絡するまで延伸させます。


大井町駅とこの臨海旅客線との間には密集した市街地があるが、その幅は2~3キロメートル程度です。


臨海旅客線を結びつけるこの連絡線は市街地の地下を走るので、この連絡線を使って、埼京線と臨海旅客線を結びつける実現性についてはそれほど問題はありません。


池袋や新宿から臨港市街地に通う通勤客は、この連絡線によって東京駅を通らずにそのまま13号地に行けるようになります。


東京の郊外市街地を環状に走るJR武蔵野線は、常磐線の松戸を通って市川で臨海旅客線に結びつくのです。


この武蔵野線と京葉線を直通運転させれば、常磐線や東武線の居住者も東京都心を通らずに東京港の副都心地区に到達できます。


さらに横浜線や南武線も臨海旅客線に結びつけて、臨海地まで直通運転をすれば、三多摩や神奈川県の住宅地からもこれらの既存の鉄道を使って、都心を通らないで東京湾岸の埋立地に到達できます。


このようにいくつかの短距離の新しい鉄道をつけ加えることによって、湾岸地域の通勤条件は大きく改善されることになるでしょう。

湾岸の鉄道

湾岸の鉄道を考えてみましょう。


昔、京葉貨物線と言っていた旧国鉄所有の貨物線の一部は、今千葉と東京を結ぶ旅客線になっています。


この旧京葉貨物線はさらに東京港をくぐり、大井の埠頭を通り、川崎を通って、横浜まで複線の敷地をもっています。


それが今、眠っています。


つまり東京の新木場から東京湾をくぐって、横浜までの区間が使われていないということです。


もちろん、新木場から13号地までの区間は、臨海副都心計画が実体化してゆけば旅客線として使われるようになるでしょう。


次に13号地から横浜までの旧貨物線が活性化されれば、千葉から横浜まで約50キロメートルにおよぶ、高性能の旅客鉄道線が出来上ることになります。


これをちょうど道路における第二湾岸自動車道路に対応させれば、運転が一体化された、第二総武線と第二京浜線が誕生することを意味します。


第二総武線とは千葉から浦安を通り13号地まで。


第二京浜線とは13号地から京浜工業地帯を通り、横浜までの区間をさします。

日中友好に尽した鑑真

朝貢(これは一種の貿易)に際し、爵位名「琉球」を命名されました。


しかし、他称ですから、日本における「ジャパン」の名前に似ています。


国王の存在をいう人は、朝貢時の足利義満が「日本国王臣・源道義」と名乗って朝貢した事実をも合せ考え、朝貢国は属領ではないと知るべきでしょう。


鑑真らの一行が漂着して、住民に島名を訊いたら「阿児奈波(おちなは)」と答えたのは至って当然でした。


これは現在、わたしたちが沖縄ツアーなどで訪れるあの沖縄のことです。


更にいえば、大正時代、読書とあまり縁のなさそうな人の口から「琉球」という言葉をきくのは至ってま
れだったそうです。


さて、鑑真の経歴を見てみましょう。


彼の日本仏教に与えた功績と、日中友好に尽した功績は絶大といわれています。


和上は688年、中国(唐)揚州江陽県に生れました。


2歳の時、則天武后が死去し権力の移動がありました。


鑑真は幼時、世の悲劇を見、14歳で仏門に入りました。


揚州は内外貿易の盛んな反権力ムードの豊かな都会でした。


大運河の起点でもあり、和上の国際感覚はこの環境で培われたものと思われます。


女性の社会進出

数年前から、生産工場においても派遣 千葉においても、主婦パートのモラルアップ策として、パートタイマーだけの生産ラインを設定し、当然ながら班長などもそのラインのメンバーのなかから選ぶ、といった先駆的な例も見られました。


また、スーパーチェーンでは西友の「パート主任」制など、勤務期間の長い「熟練パート」を売場責任者に起用するケースも広がりつつあります。


これらのケースは、「それなりに有能ではあっても、特別に有能とはいえない」女性たちが、少なくとも下位の管理職には昇進する道が開かれつつあることを示しています。


そして、男女雇用機会均等法の施行は、こうした傾向をさらに加速するに違いないでしょう。


均等法施行に対する企業側の対応策は、86年の第一段階で、まず「職種別採用」の増加という形で現れています。


銀行など一部の金融関係企業などで使っている用語でいえば、「男女別募集」を止める代わりに、


「総合職・・・転勤範囲は広いが、昇進の可能性も大きいコース」と、


「一般職・・・転勤はないが、あっても範囲は狭いか、昇進の可能性も少ないコース」


この2つに分けて募集し、実際的には女性の大半が「一般職」に応募することを期待するものです。


これまでの女性社員の「平均勤続年数」などから工夫された新方式であり、それへの賛否は、簡単にはいえません。


新卒女性の応募状況、入社試験における採否状況なども見てから、慎重に判断すべきでしょう。


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